『三太』に書いた文章

なんとなく、『三太』に書いた文章のひとつを読み返してしまった。まあ、人間と言うのはなかなか変わらないもんですね。今も同じ様なこと言ってるよ。せっかくなんでそれを載せようと思う。自分でも気に入っている原稿。
『三太』やめてから、まだ2年半しかたってないのか。たいした反響はなかったけど、やった感はある。最大の失敗は(というか予算の関係上しょうがなかったのだが)字が小さすぎたこと。しかもみんな書く量が増えてきて、それに伴い字がさらに小さくなっていって、それで読む人も減ったのではないだろうか。本にするという話もあったが、一体誰がするんだ。
このままではまずい、シーンを盛り上げよう、というのが発刊の動機のひとつであったが(最初の編集会議が2005年12月)、お客さんの動員数を考えると特に、今はその当時よりもまずい状況かもしれない。もうこういうものをロハで書く気力はあまりない。私に対する批判でも良いので、若い人達に何か書いて欲しいなあ。切実な問題を突きつけて欲しい。批評家ものまねごっこみたいのじゃなくて。





宇宙の中心で愛を叫ぶ

 存在の「何故」を自覚するということは、自分の生きておる世界に、一種の秩序をつけるということ、一種の価値を見出すということ、一種の趣味を感ずるということ、一種の意義を会得することである(鈴木大拙

 私はかれこれ15年ほどビル・メンテナンスのアルバイトをやっているが(平行して他のバイトもやっていた)、たまに、「出来ればかんべんしてほしい」内容の仕事が舞い込むことがある。その中でも最もきつく、なおかつ特殊なのがトイレ掃除なのであるが、これは普通に思い浮かぶであろうトイレ掃除とは大きく趣向が異なる。もちろん、床(タイルや石が多い)をポリッシャーやパッドで擦って汚れを落とす事もその仕事の中に含まれてはいるが、メインとなるのは便器そのものにこびりついた水垢や尿石を落とす事なのである。どうやって落とすのか?10年前にこの仕事を初めてやったときに我々が使用したものは水ペーパーであった。これでひたすら便器をこすっていたのである。ひとつにつき30〜40分はかかる。この仕事のつらさは体験したものでないと分からない。
つい先日、同じ仕事の依頼があった。約10年ぶり、二度目の便器こすりである。もちろんやりたくなかったが、しぶしぶ現場に向かい道具を用意していると、ああ、時代は変わりつつある、なんと便器擦り専用のヤスリがあるではないか!5センチ×5センチくらいの大きさの、なんと言うか、表面はビニール・タイルのようなものでコーティングされ、裏にはスコッチ・ブライトをもっと細かくしたような柔らかい人工毛がついたものである。驚くなかれ、これひとつでなんと4000円である。しかも消耗品。私はてっきり毛のついた面で擦るのかと思っていたら、そうではなくツルツルしたビニール・タイル風の面で擦るのである。一体どういう理屈でそうなるのかは知らないが、確かに、少しずつではあるが、水垢や尿石が落ちていくのである。最も仕事の大変さはさして変わらない。ひとつの便器をきれいにするのにまたも40分ほどの時間を要したし、結局は力で落とすのである。大きな違いは、水ペーパーは陶器に傷をつけてしまうことが多いが、この新兵器ではその心配がほとんどないということである。
ともあれ、現代は万事がこの調子である。なんというか、極度の専門化がおこっているのだ。
ビル・メンテナンスの仕事自体が専門的な仕事である上に、その中がまた細分化している。だいたい便器の水垢や尿石を擦って落とすなんて仕事があろうとは、私は想像したことすらなかった。
しかし、世の大方の仕事も、実際にそれを体験してみなければ、門外漢にはそれらがどういうものなのかは分からないのではないかと思う。音楽も然りである。たいていの音楽はそれを専門としない人にも大体の説明をすることによって何となく理解してもらえるであろうが、私のやっているような類の音楽を説明することはとてつもなく難しい。実際に見て、そして聴いてもらうより他はないのである。もっともそうしたところで分ってもらえるとは限らない。なにしろやっている本人ですらよく分っていないのである。初めて見たり聴いたりするような人にとっては、まずそれが音楽だと認めることすら難しいだろう上に、謎は深まるばかりであろう。
 いつだったか公園でギターを弾いていると、ロックバンドをやってそうなルックスのお兄さんが声をかけてきた。
「僕もギター弾いてるんです。バンドとかやっているんですか?」
「いいえ、やってません」
「弾き語りですか?」
「歌は歌いません」
「じゃあ、一人で多重録音とかですか?」
「違います」
「では、どんなのをやっているんですか?」
「一種の即興演奏ですね。」
「ジャズですか?・・・」
実は、こういう事を聴かれるのは何回もあるので、上の対話はそれらを適当にまとめたものである。私は自分の音楽がジャズに似ているとはこれっぽっちも思っていないが、「まぁ、中ではそれが近いし、これ以上の説明はやっかいだぞ」ということで、「ジャズですか?」という質問が出たあとは、「だいたい似たようなもんです」と答えることが多い。分けのわからない音楽の総称ということで「現代音楽」と答えるのも悪くないかもしれない。それだったら、いっそのこと、いつかキース・ロウがたまたまエレベーターに乗り合わせた婦人に「どんな音楽をやっているのですか?」と訊かれて言った「ジョン・ケージを知っていますか」という手もある。知っているか、たまたま名前くらい聞いたことがあるのであれば、「だいたい似たようなもんです」と言っていいだろう。大方の人にとって、多少の知識があればなおさら、その「ジョン・ケージ」はあまり興味の対象ではないので、話は打ち切りである。もし知らなければ、あっさりと「現代音楽」という手もあるし、相手が本当に興味を持っている風であれば、出来る限り詳しく説明したってかまわない。しかし、殆どの場合は、まぁ、私はロック・バンドでもやっていると思って声をかけているのではないだろうか。昔ロンドンで、オーガナイザーのちょっとした手違いでホテルの予約の日程に間違いがあり、私はそこを追い出されて、ひとりでギターを片手にホテルを探さなければならない羽目に陥ったことがある。ホテルはなかなか見つからず、疲れきって街をさまよっていると、若いカップルが「調子はどうだい?」と声をかけてきた。「いや〜、だめだね」と答えると、「これで旨いものでも食べて」とお金をさしだしてきた。どうやらこのカップルは私のことを路上のギター弾きかなんかと勘違いしたみたいである。ギターを手に持ってとぼとぼ歩いているみすぼらしいナリの男を見てそう思うのは無理からぬことであろう。せっかくの申し出であったが、事情を話し、私はそそくさとその場をあとにした。
 話が多少脱線したが、要するに、大多数の人々にとって我々のやっているような音楽は、音楽と思われてないか、そんな音楽があるのかもしれないがまったく興味がないか、単に知識として知っているか、そんなところではないだろうか。こんなのが音楽でたまるか、と怒る人だっているだろう。巷に流れている音楽を中心に考えれば、そう思うのは当然である。
ところがである。いくらそれが分けのわからないものであっても、やっている本人は、少なくとも私は、自らが関わっている音楽が重要でないなどと思ったことはないのである。自分のおこないを正当化するわけではないが、「こういったバカバカしいものはもっとなければならない」とすら思っている。便器掃除並みに得体の知れないことをやっているにも関わらず、おかしな使命感すら感じているのだ。しかし、本当のところ、それは自分にとっては「仕事」ですらない。「仕事」というのは、例えば掃除のように、ある需要というものがあり、それに対して専門的な技術を持って答えることである。私は需要がないところから何かを始めたいのだ。
現代においては「音楽」というものも極めて細分化しており、そしてこれからはさらに細かくなっていくのであろうが、そのそれぞれに職人があてがわれている。彼らのやっていることはまさに「仕事」である。需要があり(本当に必要なものなのかどうかは知らないが)、それに技術で奉仕しているからだ。もちろん、このことは経済行為として大切なことである。私も、もし自分に仕事が舞い込めば、そこに求められているものがある職人性であることは十分に理解している。そこには喜びもあるし、責任もある。私は職人が好きだ。また、自分の音楽も畢竟は一ジャンルであるとすることもできよう。実際に、先ほどの「ジョン・ケージ」の例もあるし、そういう見方もあるのである。そして、当然ながら、ここにも細分化の波は押し寄せてきている。自分もその一ジャンルにおける職人にすぎないのかもしれない。そう思われるのも仕方のないことである。にもかかわらず、私は自分の活動を「仕事」とはどうしても思いたくないのである。仕事という言葉を使う事はあるが、それは便宜上なのである。では何かというと、それは「遊び」のようなものである。運がよければ、こちらは遊んでいるのにも関わらずお金が舞い込んでくるわけだ。もし、好きにやって良い上に高額の報酬が得られるのであれば万々歳である。私は責任をもって自分の「遊び」を全うするであろう。ところが、世の中はそううまくはできていない。あまり気乗りのしない内容の依頼に小額のギャラ、という場合が殆どである。もっとも「小額のギャラ」というところはどうでもいい。もしこれが「高額のギャラ」であったところで、もちろん思い悩むことは間違いないが、自分は基本的にやりたくないことを断るだろうからだ。だがこの事は、自分の音楽だけが大切だ、ということではもちろんない。演奏家として、または企画者や協力者として、自分が興味を持って関わりたい音楽は沢山ある。しかしそういう場合ですら、私にとってそれらは「仕事」ではないのである。
 自分で納得のいくことを遂行したのであれば、もちろんそれが歓迎されればとても嬉しいのは当たり前だが、反対に、例えばコンサートの途中でお客さんが帰ろうが、2度とコンサートのお呼びがかかることがなかろうが、CDがまったく売れなかろうが、そんな事は知ったことではない。CDの場合は多少の売る努力はする。しかし、コンサートの途中で帰るお客さんに対して、「帰らないでください」と言う事は出来ない。IMJからリリースされた私のCD、”Live in Australia”にはブリスベンでおこなわれたライブが収録されているが、この時は殆どのお客さんが途中で帰った。50〜60人ほどいたお客さんがコンサート終了時にはみごとに3〜4人になっていた。わざわざ日本から呼ばれて演奏しているのにこのありさまである。私のやった音楽は誰も必要としていなかったのだ。ところで、誰も必要としてないかのような、一体何のためにあるのかが不明な音楽こそ私の目標なのである。もし誰かのためであるとすれば、まずは自分のためである。「自己満足」と言われたところで全然構わない。自分のことすら満足させることができないようなシロモノを人様に披露することの方が間違いだと私は思う(結果的に、こりゃダメだということはよくあるが)。さて、このコンサートの時に最後まで付き合ってくれた数人の中にひとりの女性がいて、彼女が私に「私は音楽の事はよくわからないけど、こんな体験をしたのは初めてでとてもおもしろかったです」みたいなことを言った。正直、これはとても嬉しかった。私はどこかでお客さんが、この女性のように、何かを感じてくれることを期待している。何かに気がつくというか、もっと単純に、ああ、こんなのもあるのか、でいい。その後二度と私の音楽に触れる機会がないとしても、「あれは一体なんだったんだろう?」が残ってくれれば、私は十分に役目を果たしたことになる。こういう事が大切なのである。前に飯田(克明)さんが私のコンサートに出てくれたことがあって、飯田さんの経営する飲み屋のお客さんが子供連れで来ていた。後にその婦人と飯田さんの店のカウンターで話をしたのだが、彼女が言うには、飯田さんの朗読(佳村萌さんの詩)に子供がとても反応していて、その言葉ばかり繰り返していたらしい。これで十分ではないだろうか?
 ところがその反対にすれっからしのリスナーというのがいる。主に評論家と呼ばれるような人達であるが、彼らはもういやになるほど色んな音楽を聴いていて、その上自分の趣味とか良い音楽は何かということに妙な自信があるものだから、こちらがちょっとでもおかしなことをすると、何やかやといちゃもんをつけてくる。もちろんこういう連中も私の商売を底辺で支えているわけだから一概に否定はできないが、まったく彼らの頭の固さは何とかならないものか。ユーモアのかけらも感じられない。彼らの多くは音楽バカ(よく言えば、専門家)だから、過去にこんな音楽があっただの、すぐにジョン・ケージを持ち出して、もう新しい試みは不可能だの、ああだこうだと、要するにろくでもないことばかりしゃべっている。CDをちょっと聞き流しただけで、なんでそんな偉そうなことが言えるのか。ライブに来れないのは仕方ないかもしれないが、だったら適当な事を憶測でいわないでほしい。なんでこんなことを書いているのかというと、最近私がリリースした”doremilogy”(やhibari music、skitiの新譜など) について批評している掲示板があって(http://www.bagatellen.com/archives/reviews/001831.html)、これがあまりにも酷かったからだ(中には多少ましな批評や投稿もあったが)。腹を立てた時点でこちらの負けかもしれないが、それでも、そこに書かれていることのくだらなさと不毛さは特筆ものであると私は叫びたい。別に作品がきちんと批判される事はかまわない。好かれようが嫌われようが、それもどうでもよい。しかし、何かを書くことだって表現のひとつである。誰でもが思っているような当たり前のことばかり書いて、それが果たして批評なのだろうか。もっとも、書いている本人達ですら、別に批評であるとは思ってないかもしれない。恐らくはたわごとの一種であろう。それでも、こんな連中ばかりが自分の音楽を聴いていて、みんなが同じような感想を持つのであれば、私はやりきれない気持ちになる。あなどれないのは、彼らのような存在が例えばイギリスの“ワイヤー”誌等での年間ベスト10みたいな企画に投票していて、そういう媒体を通して、「何が優れた音楽なのか」いうことの決定に裏で大きく糸を引いていることである。ある意味では秘密結社のような存在だ。もし彼らの機嫌を損ねたら、この世界での成功は望めない。もっともそんなことに価値があるとはまるで思えない。それよりも、「音楽」を(作り手と聴き手をたしてもせいぜい数百人の)このヤクザな世界から救い出さなければいけない。私自身が同じ穴のムジナであるからこそそう言えるのだ。やらなければいけないことは万人向けの音楽を作るということではない。そんなことにも価値はない。音楽にも批評性は必要である。これを引き出すには、やはり自分自身に問うてみるより他はないのである。まず自分自身を実験台にかけなければならない。その上でそこから生まれた音楽がきちんとした批評の対象になるべきである。その点では、私はまともな批評(家)の存在を信じている。
 話を戻して、先の連中がよく話題にする、ジョン・ケージフルクサス(やその他たくさんの試み)の後で新しいことは可能か、ということに関して私なりの意見を少し書こう。まず、沈黙はジョン・ケージ以前にもあったということ。誰だって身の回りの自然音を聞いて楽しむことはあるわけで、それを「音楽」と思わなかっただけの話である。もしそこで聴いている音がケージ以前と以後でちがうのであれば、それは概念上の違い以上のなにものなのだろうか。確かに、ケージは「沈黙」を「音楽」に導入した。それ以前にも音楽の世界でも休符などの形で沈黙はあったが、ケージの発案の「沈黙」は意味が大きく異なっていた。それだけである。しかし、そのおかげで私達はただ身の回りの音を聴いているだけで、その行為を音楽であると思えるようになってきている。その変化には音楽上の発展だけが関与しているわけではないはずだ。概念であれなんであれ、沈黙がどういうものか、どうなりえるのかは、決して十分に分かっているわけではない。そのことに謙虚になるべきである。それ(沈黙)は変化の最中にあるのである。
”doremilogy”に対する批判のひとつに、「ドレミ」(メジャー・スケール)を使うのはアンソニー・ムーアが以前やったことで、別に新しいことではなんでもない、というのがあった。ムーアのその作品は知っているが、そんなこと以前に「ドレミ」を使うことが「新しい」云々を巻き起こすようなことなのだろうか。「ドレミ」を使った音楽なんてはいて捨てるほどある。というより大抵の音楽はドレミで構成されているのではないか。大体、これを書いたおっさんは”doremilogy”をちゃんと聴いているのであろうか?まったく聴いていないで書いているという可能性もあるが、もし聴いているなら、私とムーアの狙いが違うのは一発で分かって然るべきである。しかし私にも過信はあった。とても単純なことしかしてないにもかかわらず、レヴューを書いた殆どの人は私がその録音で何をしたか正確に見抜けていないからだ。そんな有様では私の企画は失敗であると言わざるを得ないであろう。
 私は常々、思い付きが大切である、みたいなことを言っているが、その「思い付き」が熟成するには時間がかかるものなのである。”doremilogy”の元ネタは子供の頃ドリフターズの『八時だよ全員集合』で見たギャグである。加藤茶だったか志村けんだかは忘れたが、夜鳴きそば屋のおやじがチャルメラの練習をしていて、“ドレミーーレド、ドレミレドレーー、”の“レーー”がいつまでたっても合わないというやつである。これが可笑しいのは、そのフレーズが誰でも知っているものであり、無意識的に最後の音を期待しているからであろう(まったくの余談だが、 名古屋で聞いたわらびもち屋の宣伝カーは、“ラシドーーシラ、ラシドーーシラ”というフレーズの繰り返しで、歌詞は“わらびーーもち、おいしいーーいよ・・・・・”となっていて、妙な物悲しさがただよっていた)。似たようなギャグは“モンティ・パイソン”にもあって、ベートーベンが『運命』を作曲しているのだが、冒頭の“ジャジャジャジャーン”(でいいのかな)の最後の音がなかなか決まらなくてイライラしているというものである。場合によってはそのフレーズは我々がよく知っているものではなくて別のものになっていた可能性があり、もしそうであるなら曲自体が有名ではなくなるかもしれないわけで、そのあたりのことをおちょくっているともとれる。こういった発想は「音楽における(フレーズの)因果とはどういうものか」という哲学的な問題にも発展しうるが(それは私の主要テーマのひとつでもある)、今回は軽々しいことを述べるのは控えておこう。一言だけ言わせてもらえば、そこには実に興味深い何かがある。つっこみを入れたくなる何かあるのである。私はただオチのある音楽が作りたかっただけだ。作ったものは、ある意味、とてもくだらないものである。しかし、それを試してみたくなったのである。これがなかなか理解してもらえない。
 例えば「音響的即興」は、それがどのように聴かれるべきか、ということに関して、音楽そのものが表していると言える。当初はどうだったか今はもう忘れてしまったが、そういうものになってしまった。ほとんどの音楽は、それをどう聴いていいか、ということをもはや音で説明する必要がない。もともと音楽そのものは本来聴き方を説明できないのにである。
 ”doremilogy”は確かにコンセプチャルな作品だ。そうである限り、ひとつの聴き方があるのである。私の狙いは一目瞭然で分かるはずであった。ところがどうやら、これは当てが外れたようだ。本当は説明する必要はないと思っていたのに、ここから先はやぼを承知で書かせてもらう。
と言っても、あまり正直に書きすぎるとネタばらしになり、今後の売り上げに影響がでるだろうからなるべく遠まわしに説明することにする。というより「問い」でいこう。
まず、ある音があったとしよう。それは、ギターの音かもしれないし、歪んだ音かもしれないし、あるピッチを持った音かもしれないし、持続音かもしれないし、誰かの音楽に似た音かもしれないし、倍音がたくさんまじった音かもしれないし、また、これらすべて(あるいはいくつかが)が当てはまる音かもしれない。さて、その音を簡単に説明しようとしたらどうすればよいのだろうか?何だと思ってその音を聴いているのか?どうしてそう思うのか?
以前、吉村光弘のコンサートで、生のフィード・バックだと思って聴いていた音が、実は前のセットの録音をただ流していただけ、ということがあった。フィード・バックが消えて、拍手の音が聞こえて、おやおかしいな、そうか録音か、やられた、と言う感じだった。しかし、録音だということはそのセットの最後で分かったことであり、聴いていた音は変えようがない。もう一度、過去にさかのぼってその音を聴きなおすことは出来ないからだ。では、その事実を知るのと知らないのとでは何が違うのか。もう聴くことの出来ない音(または音楽)の何が変わるのか?
ひとつの簡単なメロディーがある。誰もが知っているメロディーである。そのメロディーのピッチは実際少しばかり調子が狂っている。では、何故それが狂っていることが分かるのか?狂ったピッチと狂っていないピッチが重なっているとき、本当に狂っているピッチはどれなのか?それとも全体的に狂っているのか?どうしてそう思うのか?その誰もが知っている簡単なメロディーが、実際音が狂っているにもかかわらず、そのメロディーに聞こえる、またはそのメロディーが狂ったものとして聞こえるのは何故か?
ピッチが少しずつ違うためモアレをおこしている音の塊がある。この塊が音階の中のドであったりミであったりすることは可能か? それはどのような時か?それがもし可能だとしたら、何故そう聞こえるのか?
以上がCDで言いたかった事である。やっている事は本当に単純なため、彼ら(批評家)の高尚な趣味には合わなかったかもしれない。しかし彼らの聴き方は間違っている。彼らが音楽を聴くときは、ある決まりきった聴き方だけで挑んでいないだろうか?確かにそれを身につけるのには時間がかかったかもしれない。スーザン・ソンタグが、ケージやフェルドマンのような音楽を楽しむためには、例えば幾何学や物理学を理解するためには勉強が必要なのと同じように、ある修練をつまなければならない、というようなことを書いていた。基本的には私もこの意見に賛成だが、そればかりでは極度に専門的な、かたよった音楽の聴き方ばかりになってしまうような気がする。それにソンタグの文章が書かれたのは60年代(恐らく)である。当時はそのような聴き方を会得することは人によっては困難だったかもしれないが、今日ではそれほど難しいことではない。コンサートに接する機会、録音物、適当な参考書、そして同好の士も増えているだろうからだ。また、それらの音楽がある程度はポピュラーになったおかげで、それらについて「深く考える」ということが抜け落ちてしまってはいないだろうか。
先日、『苔とあるく』という本が送られてきた。著者は岡山の古本屋『蟲文庫』の田中美穂さんという方で、ひょんなことから手紙やメールのやりとりをするようになり、ありがたいことに本まで頂いてしまったのである。私はそれまで苔には縁もゆかりもない人間であったが、この本を読んだあとは家の周りの苔が気になってしまった。自分にとって一番重要だった事は、ずばり、視点が変われば世界が変わる、ということに今更ながら気がついたことである。私は家の近くの道を知っているつもりであるが、それは自分の都合にチューニングされた世界なのである。当たり前である。絶対の視点は持ちようがないのである。苔を観察するということは、例え同じアスファルトを踏んでいようが、普段駅まで用事があるときに見る道とは違う世界を見ることなのである。そういう意味では、トイレ掃除も同じだ。それは確かにつらい仕事ではあるが、それによって違う視点でものが見れるからだ。
しかし、真の問題はここから先だ。C.P.スノーは、科学(者)と芸術(家)の断絶が日増しに強まって来たことを『ふたつの文化と科学革命』という本で指摘した。1963年の著作である。寺田寅彦も同じような内容を『科学と文学』というエッセイに書いた(私はこちらの方が深いと思う)。スノーより30年前のことである。科学と芸術(文学)は本来別のものなのだろうか。どちらも全体性を失い、極度の専門化におちいっていないだろうか。まぁ、こんな趣旨である。彼ら(の様な人)がどんなに叫ぼうが、実際は専門化や細分化の流れは止まることがない。芸術と科学に限らず、すべてがそういう方向にちゃくちゃくと進んでいる。話がまた戻るが、私がやっている音楽もそのひとつに過ぎないのだろうか、という疑問がいつもある。考えてみれば、C.P.スノーも寺田寅彦も、発しているのは個人であるが、ある専門的な立場を代表してはいないだろうか。彼らのような存在自体が「専門化」が生んだものなのではないか。その「全体性」にしてからが、ある専門的な視点から捉えたものではないのか。そういうことを考え出すときりがないのである。
だが、ある視点を持つという事は必ずしも専門化に繋がるとは限らないのではないか。苔を観察すると言う事はその根源に細分化以前の何かを持っていないだろうか。それは何かを知りたいということである。トイレ掃除ですら、その大元は何かを愛でるということに繋がっているかもしれない。ここを忘れてはいけない。私のやっている音楽だってその通りである。細分化以前のものを引き継いでいるのである。いくら分けのわからないことをやったとしても、それはある日突発的に発生したものではなくて、その下地に長い歴史を宿しているものなのである。それは一人の人間だけが関わっているものではないし、すぐ理解されるようなものでもない。それは過程の最中にあるものでなければならない。そう考えることができれば、「新しさ」に拘ることはくだらない事に思えてくるのである。(2007年11月17日)