帰ってきました。ロスは、何と言うか、強烈な郷愁を喚起するところでした。初めてのロスだったにもかかわらず、高校生の頃好きだったアメリカン・ロックのアノ雰囲気がそこかしこにまだ残っていて、ギターを始めた頃のことを思い出してしまいましたよ。サンタモニカのビーチに行ってみると、これがニール・ヤングの"on the beach"のジャケットそのもの。そのことをマイケルに言うと、ニール・ヤングは割りと近くに住んでいたから、たぶんそうだろうとのこと。その日はマイケルにニール・ヤングをリクエストしてしまった(彼もファン)。
我々の共作曲は何とも言えぬ不可思議なものでした。"D minor & Bb major"。調性と倍音列(32倍音まで)のミクスチャーで、当然微分音がそれなりの頻度で登場するのですが、スペクトル楽派とかそういうのとは違う(あたりまえか?!)、かなりとぼけた味を持った音楽と相成りました。ドッグ・スター・オーケストラの皆さんの演奏も素晴らしかったし、録音も良かったので、CDにするかもしれません。お互いのギターソロ曲をやるというのも面白かった。
あと、とある日本料理屋で食べたつけめんが美味しかった。日本でのものと比べても遜色ない味で、値段も高くない。大変満足しました。
おつぎはシアトル。マイケルのところでは手料理とおいしいお酒を毎晩いただいてましたが、シアトルに移ってからは資本主義の奴隷と成り果てて、またもカップ麺の日々。計八個も食べてしまった。ひとつとても旨い焼きそば系のやつがあって、これは日本でも発売してほしい。あとはパンとハム、それにウサギの餌みたいなハーブ野菜の袋詰めがあって、これがなかなかいけた。山盛りなのにたったの2ドル。毎日むしゃむしゃしてました。ここは食べ物(店での)の物価が高い!ギャラも後払いとなったので、よけいに財布のひもを強くしめなければならなかった。コーヒーすら飲んでいない。
フェスは、色々思う事ありましたが、自分のセットはそれなりに満足しました。ここでも自作のギター曲はやらず(ホテルで練習したんだけど、難しいのと、もうすこし演奏の仕方を練り込みたかったので)、またピサロ曲をやりました。この曲気に入ってしまった。あとは、ギター、ヴィオラコントラバス×2の曲と即興のセット。即興は、ギターを弾きたくなかったので、ライトを使った。
今回の旅のお供の本は、『大森荘蔵セレクション』と『論理哲学論考』(野矢茂樹訳)。哲学でせめた。『論理哲学論考』は、訳が変わるだけでずいぶん印象が変わるなぁと思った。色んな訳を読んでみたい。
少し前に下北沢で、たまたま立ち寄ったバーでとなりにいた青年と話をすると、彼は哲学をやっているという。どんな哲学か訊いてみると、「大森荘蔵を知ってますか?」ときました。ああ、そういえば大森荘蔵はきちんと読んだ事がないなあ、確か平凡社からアンソロジーがでていたはず、とその時に今回の旅は大森荘蔵を読もうと決めた(そういえば、その時にウィトゲンシュタインの話もした)。
答える哲学という印象を受けた。正直よくわからないところと、それはどうかなぁというところもあったけど、とても腑に落ちることも多々あった。特に「ことだま論」と「虚想の公認を求めて」。そこで展開している論説には、ひょっとしたら本当にそうなんじゃないかと思わせる説得力があった。
上の二冊は帰るまでに読み終わりそうだったので、シアトルの本屋でWilliam Carlos Wiliamsの"Paterson"を購入。何故か好きな詩人。実はよくわからないところも多いのですが。