白夜

私はフランスが苦手だが、何故かフェイヴァリットはフランスだったりする。マルセル・デュシャンオディロン・ルドンエリック・サティ、それにロベール・ブレッソン
ブレッソンの『白夜』を観た。やはり並の監督とは違う、ちゃんというべきものを持った作家だ。彼の創る映画は前衛でも実験でもないが、感じるものは実験音楽とかコンセプチャル・アートに接した時のそれに近い。形式が前にでているからそう感じるのだろうか?
ブレッソンの映画はみんなそうなのかもしれないが、『白夜』は特に、観る人を突き放す映画であった。虚無的である、というと語弊があるだろうが、私はそういう印象を持った。もちろんいい意味でである。表面的には、恋愛映画またはラブコメディーに分類されるのだろうが、全然ロマンチックじゃないし、また笑えない(別の意味ではおかしいのだが)。この映画には何のメッセージも思想もこめられてないように見える。もちろん、深読みを促すようなシーンは沢山ある。というより全編がそれで構成されているような気がしないでもない。しかし、それらを比喩や暗喩として読み解こうとすると、それは文学的解釈になってしまう。そんなことを許せば、それは映画としては失敗である。例えば、手を握り合ったり、体を触り合うシーン、橋の下を船が通り過ぎていくシーン、これらは明らかに仕組まれたものであり、そこから意味が発生しそうだが、結局ただのイメージの断片として放り投げられている(としか私には思えない)。しかし、そこには「それそのもの」の芳醇さがあるのである。
どうしてジャックはとらえどころのない少しマヌケな男にみえるのか?どうしてマルトは軽薄で浅はかな女性にみえるのか(名前は存じないが、たいへんきれいな方でした)? 演技としてそういう役をやっているのでなくて──演出のせいではあるのだろうが──彼らはただいるだけでそうみえるのである。普段は意識していないが、人やものはある’特定のイメージを伴って現れてくるということなのだろうか? しかし、普通の映画はそれを追求しない。『白夜』の主人公ふたりに感情移入するのは至難の技である。この点が『白夜』を恋愛映画としないところである。普通の恋愛映画では、どんなに個性的なキャラを持った男女がいても、その役割は決して類型をでない。『白夜』のふたりに「個性」はない。役割もない。あるのは「表層」あるいは「そのもの性」である。そのようにみえる。
ひとつの「そのもの性」は何かしらのイメージと不可分である。詩が成立するのはそういうことに依っている。ブレッソンが凄いのは、それをストーリーのある映画でやっているからである。単純にあてはめることは無理だろうが、同じ事がメロディ/和音/リズムを持った音楽で出来るだろうか? もちろん音楽は何らかのイメージを喚起する。だけどそれは私達が詩から感じるものとは違う(と思うのだけど?)。一般の音楽においては、音は和音やリズムとの関係の上にあり、“ひとつの音”というのが何であるのかがよく分からないからではないだろうか。ブレッソンは音楽の使い方がうまい。映画の中の音楽は見事にそれそのものである。ひとつひとつの音楽がイメージの断片──詩におけるひとつの言葉──なのである。けれども、音楽(という形式)において、ひとつの音楽がイメージの断片になることも、イメージの断片が集積してひとつの音楽になることも、それほど多くはない。ましてメロディ/和音/リズムのある音楽でそれをやるのはとてつもなく難しい。音楽は感情のメディアなのである。
少し脱線した。「突き放す映画」と書いたが、それを強調するのが全編にわたる軽薄な調子である。景色や音楽もそうだし、主人公ふたりの会話が実にバカっぽい。マルトはとてもおしゃれだけど、そのモダーンな装いはかえっていやらしさを醸し出す──ずばりエロい。そう、素材はどれもけっこう生々しい。それにいかにもフランス映画ですみたいなかわいらしさもある。にもかかわらず、「だけど、それがどうしたの?」とつっこまずにはいられない。この‘‘何もなさ’’はどこから来るのだろうか? 何もないんだけど、香りだけが残る、みたいな。そういう意味では、それは稲垣足穂の作品に漂う“ナッシングネス”にも通じているかもしれない。
こういう映画は観ている時よりも、観た後の余韻の方が大切だ──というのは後付けかもしれないが──、ともかく『富士屋』で一杯やって、あともう2軒はしごして家に帰る途中、自転車に乗った3人の警官が私の前を通り過ぎていった。その3人のうちの2人の背中には「警視庁」の文字がプリントされている。いやー、この光景はブレッソンの映画みたいであった。


Ftarriでコンサートをすることになりました。


11月23日(金)午後8時開場、8時30分開演
杉本拓(ギター)ソロ
自作曲を演奏します。演奏時間は約1時間です。
1,500円
http://www.ftarri.com/suidobashi/index.html