中華屋

以前から気になっているラーメン屋がある。歩いて15分ほどかかる距離にあるので、わざわざ行こうという気にはならない。物凄く旨いというのなら話は別だが、そういった評判は今にいたるまでどこからも聞こえてこない。それに、どこからどう見ても、昔からひっそりと営業している、「近所」の中華屋のたたずまいである。わざわざ離れたところからくる客を相手にするような商売はしていないであろう。しかし、この手の店が減ったのも事実で、だから私は気になっていたのである。
ある日、この店に行ってみようと思った。しかし、自転車でその店に向かう途中、目的地のほんの20〜30メートルほど手前に、そば屋があることを知ってしまった。どっちにしようか? その日の気分はそばだった。しょうがない、ラーメン屋は明日行くことにして、今日はそばにするか、と結局当初の目的は果たすことができなかった。ちなみにこのそば屋、なかなか面白いテイストだったが、これはまた別の話。
次の日、予定通りにそのラーメン屋にいくと、なんと休みだった。「今日は休みます」だったか「本日休業」のプレートが下がっている。しかし、あらためて近くでみるとこの店、暖簾がかかってないと、ラーメン屋にはとても見えない。というかここに現役の店があるように見えない。何年か前には確かになんらかの飲食店があったであろう。しかし、借り手がつかず、そのままほったらかしになっている。そういうオーラが出ている。しょうがないので少し自転車で走ってたら、別の「近所」の中華屋を見つけたので、そこに入った。ここは学生街の中華食堂みたいな感じで、クラシックな外観のそれではなかかったが、味はそこそこいけた。しかし、これも別の話。
その次の日も行って見たが、目的の店はまたしても「本日休業」であった。しょうがない。この日はまっすぐ帰った。
数日後、今度は歩いて行ってみた。実は昨日のことである。またしても休みであったが、何かが違う。プレートの文句が違うのである。なんとその日は「定休日」であった。
ーーこんなところでやっても、もうお客さんはそうは来ねえし、まあ、オレの体調もよくねえしな。晴れてりゃ、気分が良くなって人も来るかもしれねえから、そんな日は店開けてもいいか。そんな、ノリだけで商売やってもいいんじゃないか? もう年だし、疲れたしな。定休日だけじゃもたねえよ。最後は店売るか、なあ?ーー
上のはもちろん私の妄想だが(ごめんなさい)、休みがこれだけ続くと、「もう長いことないかも、行くなら今だ」と思っても不思議ではない。意地でも通うことにした。そして今日、ついにその軒先に暖簾を見ることができたのである。
入る時はちょっと緊張した。他に人がいなかったらどうしよう。というか、誰もいないだろうと勝手に思っていたことを告白する。ところがぎっちょん、中がほとんど見えない曇りガラスのサッシを開けて中に入ると、6畳ほどの空間がほぼ埋まっている。テーブル席には近所の工務店の社員とおぼしき男女4人、カウンターも半分は埋まっていた。なんかお客さんみんなが楽しそうだ。店内の装飾は、ほぼ予想通り(デコラのテーブルとパイプ椅子)だったが、こんな和やかな雰囲気はまったくの予想外であった。みなさん食事を楽しんでいらっしゃる。素晴らしいことではないですか。店主も、私の勝手な想像では苦虫をかみつぶしたような猛者だったが、もちろんそんなことはなく、柔和な、感じのいい人であった。それにしても、外観が醸し出している雰囲気と店内のそれがあまりにも違うと思うのは私だけでしょうか? 何故かよくわからないが店の真ん中の置いてある傘立てから傘を抜き取って外に出たところで、ちょうど店に入ろうとする年配の紳士にぶつかってしまった。ごめんなさい、と謝ると、その人が言ったのが「あっ、満席ですか?」。 かなり繁盛しているようである。
私が何を注文したか、またそれにどんな感想を持ったかを書いてないのは、それが今回の主題ではないからである。また別の時に。