生ループを終えて2(余談含む)、告知色々

討論会で私の壁こすりコンサートの話がでていたが、それについて少し書こうかな。当時(といってもほんの1年ほど前だが)、確かに私はああいうのを集中的にやっていた。それを何故止めたかを先に言うと、それは、あまりにもつらかったからです。最初はギターでやっていた。松脂を塗ってない弓を使って、譜面に書いてある回数だけ弓を返して休む、そういう曲だった。1時間から2時間くらいかかる曲だったと思う。ギターの時点でもうすでに苦行だった。肉体的にも精神的にも。まったく楽しくなかったし、何か得がたい経験をしたとかそういうのもなかった。まさに、何もない、ただやったという、それだけでしたね。充実感、手ごたえ、達成感、そういうのはまったくなし。だけど、ひねくれものの私はその苦行をエスカレートさせようと思ってしまった。これは前も書いたような気がするが、壁の時は、「ああ早く終わらないかな、ビールが飲みたい」とかそう言う事をずっと考えていた。音はとても小さかったです。ギターの時は松脂を落とした弓で弦をこすっていたし、壁の時はフェルトの布だったから。そういえば『弦楽四重奏二番』もこの系列だったけど、なぜかそれほどつらさは感じなかった。肉体的にはきつかったが(私はチェロを演奏していたので)、音楽はとても興味深いものだった。あとコイン回す、というのもあった。これも別につらくはなかった。まぁ、とにかく壁は本当にきつかった。ある人は「あんな面白くないことをなんでやるの」と言っていたが、まさに面白くないことがやりたかったとしか言いようがない。やったらどんな事が起こるか、それを試したかったと。そして何も起きませんでした、少なくとも私には。例えば壁(でも何でも良いがひとつの対象)をずっと、一時間とか二時間とか見続けることが出きるだろうか?たぶん、出きる(とてもつらいだろうが)。でも誰もやらない。そんなことをしても何にもならないだろうから。私は身をもって知っている。本当に何にもならない。ただ観客はそうではないかもしれない。私が見たり聴いたりしたものと観客が体験したものは違うはずであるので。この日のコンサートで、私はライトを観客の目線の方向に照らして、観客側からは私が何をやっているかがよく分からないようにした。少しばかりエンターテインメントな要素を入れてみたわけである。もしかしたら何かを感じ取ってくれた人もいるかもしれない。もしそんな奇特な御仁がいれば、私はその人をちょっとうらやましく思う。------とここまで書いてきて、ある考えが浮かんできた。その時は何もなかったと思っても、実は何かが変化し始めたのかもしれないのではないか? もちろん、そうでないかもしれない。そうとでも思わなければ報われないので、とりあえずそう思い込んでおこう、という自己肯定心理が働いているだけかもしれないから。まあ本当のところは分かりません。今のところ、私が言えることはほとんどないです。ただそういうバカなことをしたと、それくらいですよ、言えるのは。ついでにオーストラリアのブリスベンでのコンサートの話をしておこう。アミちゃんに言われるまで忘れていたが、そう確かに、お客さんがいつでも帰れるように扉を開けておいてほしいと私は言った。しかし別にお客さんに本当に帰って欲しかったわけではない。環境音を演奏に取り込みたかったわけでもない。単純に扉の開け閉めの音が嫌だっただけである。初日のコンサートでは半分くらいのお客さんが途中で帰ったが、みんな静かに帰らないんだよね。わざと物音を立てて帰る人が多かった。しかし聴きたくない人を閉じ込めるのは私も嫌なので、そういう人が帰りやすいようにずっと扉を開けておいたという話です。そしてほぼ全員が途中で帰りました(私の記憶では5〜6人残っていた気がするが、ほとんどがスタッフかミュージシャンだったのではないだろうか。最後まで聴いていたお客さんはひとりかふたりだったのでは?ひとりは確実にいた(“IMJ2009”に載せた『我が企画』で私はその人について少し書いている))。こういう呼ばれていくコンサートはお金になるから良いのだが、ちゃんと聴いてくれる人は普段のコンサートとあまり変わりがないかもしれない。これは日本であろうが他の国であろうが変わらないように思う(最近はあまり外国で演奏をしていませんが)。最初から少ないお客さんはあまり途中で帰らない。ところがフェスティバルとか大きなコンサートになると、途中で帰ったり、しゃべりだしたりして、やりにくいんだよね。音楽を聴きに来るというより、珍獣を観に来ているかのような邪悪なオーラを感じる時もある。できればそういうのは避けたい。最初から興味がある人だけが来て欲しいと思う。私が「身内」とか「内輪」とか言う時はそういう意味を含んでいる。しかし、「興味を持ってもらうにはまず知られなければならない。聴いて、観て、体験してもらってそれが可能になる。そういう機会を多く作れ。どこかに興味を持つ人がもっといるはずだ」という意見もある。果たしてそうでしょうか?活動を長くやっているということは、それだけ多くの人の目に触れていることになる。ところがぎっちょん、そういう人は増えない。むしろ減っている。それはやはり内容に問題があるからだと思う。どうやってもお客さんが増えない音楽もありますよ。それとお客さんが大勢いるところでは成立しない音楽もある。この前のフタリ・ダウト・フェスで私は普通に(私の中では)ギターを弾いたけど、それはあの場ではあれより他にやりようがなかったから。私は別に妥協をしたわけではない。その日にやったことも私のやりたいことのひとつである。それは問題ない。言いたいのは、あの場では出来ないような表現が私にはあるということ。フェスティバルのように色んな音楽家が出演してお客さんが沢山くるようなところではどうしても出来ない音楽がある(反対にフェスティバルではそれ向きの別のやり方もあるだろう)。私はこちらの方を大切にしている。不特定多数ではなく特定極少数。またこう言う事を書くと「選民」とか言われるのかなぁ?ただ興味を持ってくれる人に来て欲しいだけです。誰であろうとかまいません。ただ、そういう人は少ないだろうから、極少数になるだろうと、それだけです。(続く)

以下ライブ告知


一目観たその時からファンになってしまった湘南のひょうきんロックバンド
core of bellsとのユニットのライブがあります。もうあさってか。そうなんです、私ロックも今やってます。もう使わないだろうとエフェクター全部売り払ってしまったので、今使っているのは全て借り物です。中村さん、高山さん、ありがとうございます。そしてアルバムもでますよ。録音して、ミックスも順調に進んでおります。しかし、このCD、外国人には分からないだろうなぁ。ほぼ、風刺、揶揄、パロディー、ギャグですからね(自己風刺、自己揶揄、自己パロディーを含む)。リスペクトもあるが屈折した表現だし。ビートルズが英国人にしか分からない、ということ以上に分からないと思う。私の中では実験音楽ですよ(笑)。

Hold on me ! 5 〜DODDODO+稲田誠リリースパーティー〜
2010年10月17日(日)@江ノ島 OPPA-LA
DODDODO+稲田誠
三沢洋紀と南いちこと岡林”コゾウ”大輔に宮地健作バンド
鴨田潤(イルリメ弾き語り)
mmm+宇波拓下田温泉
core of bells+杉本拓
DJ:太田裕
開場/開演 16:00
チケット2,500円(1drink込)


次はキッドアイラックからでる私のCD(2枚組×2)の発売記念パーティーです。
発売記念ライブではなく、あくまでパーティーです。演奏はパーティーのBGMと考えてください。

杉本拓作曲シリーズφ 
発売記念パーティー
10月30日
19:00開演
料金 1500円
演奏:杉本拓 宇波拓
キッドアイラック・アート・ホール
http://www.kidailack.co.jp/

そのあとは、“さりとて”がふたつ決まっています。

core of bellsの池田武史を招きます。新曲も作ってます。

"さりとて"コンサート@ループライン vol. 1
11月5日(金)
19:30開場 20:00開演
2000yen + drink order
出演:
杉本拓
佳村萠
池田武史

"さりとて"コンサート@ループライン vol. 2
12月4日(土)
19:30開場 20:00開演
2000yen + drink order
出演:
杉本拓
佳村萠
池田武史

千駄ヶ谷ループライン
http://loop-line.jp/